日帰り, 1回目, 晴れ, 2020年度中69湯目

用事があって仙台にやって来た。時間が空いたので定義 (じょうぎ or じょうげ) で三角揚げを食べてから作並温泉の作並ホテルを訪ずれた。作並ホテルでは震災後休業していたものの、近頃ささやかに日帰り入浴を受け入れている。

作並ホテルの源泉「神の湯」は江戸末期に開かれ、明治時代の「森谷本館」から代々引き継いで旅館を経営している。温泉は含食塩芒硝泉で、東北ではお馴染のグリーンタフ系の泉質でさっぱりとして落ち着く。当然のように新鮮な湯を掛け流しである。

少し荒廃した浴槽、澄んで青みがかった湯、水面に映る外の紅葉の組合せがとても美しく、ずっとその場にいたいと感じた。また訪れたい。

施設・温泉概要

所在地: 宮城県仙台市青葉区作並字長原3-2
Web: 神の湯 作並ホテル
日帰り入浴: 可 11:00-15:00
宿泊: 不可

源泉名: 神の湯
湧出地: 宮城県仙台市青葉区作並字長原32
湧出量: 110 ℓ/分 (動力揚湯)
泉温: 54.0 ℃
pH: 7.6
成分総計: 1015.05 mg/kg
泉質: ナトリウム・カルシウム-硫酸塩・塩化物温泉 (低張性・弱アルカリ性・高温泉)
旧泉質名: 硫酸塩泉 / 含食塩芒硝泉

一番良い浴槽の温泉利用方法:

加温 加水 循環 消毒

200年の歴史を持つ源泉

作並温泉は仙台市と山形県の天童市を結ぶ国道48号、歴史ある関山街道沿いにある温泉。秋保 (あきう) 温泉に並び、仙台市民から愛される温泉郷である。

仙台の市内から作並へ行く場合も、国道48号を走っていくのが早い。広瀬通りを西へ進んでいくと、広瀬川の手前で自動車専用道路に変化して、西側の丘陵をくぐって裏側の地上に出る。そのまま折立 (おりたて)、愛子 (あやし)、熊ヶ根を通り抜けてニッカウヰスキー仙台の蒸留所の前を通過する。さらにグイグイと山の方へ上っていくと、作並駅前の小さな町を距ること程無くして、広瀬川の深い渓谷に張り付くように建つ巨大なホテル「La楽リゾートホテル グリーングリーン」が見える。ここはかつて「仙台リゾートホテルグリーングリーン」というホテルだったが、経営破綻してその後に買収された。そこから 800 m 進むと、左側にバスが停まる大きな旅館が現われる。これが「鷹泉閣 岩松旅館」で、作並で最も歴史ある温泉である。そのすぐ先に川に降りていく少し細い道があって、平賀こけし店の前を通り、橋を渡ると目の前にある大きい旅館が「ゆづくし Salon 一の坊」。その手前を左側に抜けて、まるで一の坊の駐車場のようになっている道を進むと、渓谷との隙間に収まるように建っているのが「作並ホテル」である。「作並ホテル」の温泉も、江戸の安政より伝わる歴史を持っている。

作並ホテルの源泉は「神の湯」と呼ばれ、温泉分析書にも書かれている。温泉が利用されるようになったのは 200 年前の 1855 年 (安政元年)。この歴史は宮城県鉱泉誌 [1] に詳しく書かれているので引用する。

作並新湯

位置
作並新湯は作並古湯の西北二丁許り、小字長原と稱する地にあり、羽前街道泉橋よりは左傍の低處 (くぼち) にして、作並驛を距る二十二丁、關山隧道より東南二里二十六丁と距つ、地形は殆んど圓形と成し、南に廣瀬川を擁き三方は翠巒に對す、故を以て淸閑幽邃の趣味多く、塵外自づから小仙寰の如し、人家二戸あり、西なるものを小池サトと云ひ、其東隣を森谷銀治郎と云ふ、倶に此湯の泉主たり。

此湯は古くより涌出づれども、當時は山道嶮岨にして往來の便を欠き、古湯猶浴客の少なきを患ひしかば、卒先巨資を投じて之を開湯する者なく空しく落葉に埋没すること其幾星霜なるを知らず、安政元年、羽州村山郡猪澤 (いざわ) の産 (ひと)、番匠 (だいく) 修治 (しゅうぢ) なるもの奮ふて掘鑿の念を起し、首 (はじめ) に上愛子 (かみあやし) 村豪農石垣彦左衛門を説き、次で作並澤檢斷役奥山伊三郎と慫慂 (しょうよう) す、伊三郎性、巧智にして頗ぶる冒險の志あり、私 (ひそ) か にい謂ひらく、天賜享ひべく、奇利攫すべきの秋なりと、直に之に應じ、先づ藩廳の允許を請ひ、三人協同して?棘 (いばら) を開き、河身を改修し、踵 (つい) で數宇の家屋を造り、庭中に天女の小祠を建て、始めて名を作並神湯と命じ、今の第一泉 (コイケの湯) と號し、第二泉 (モリヤの湯) を岩龜の湯と稱す、後、彦左衛門退き修治僧となるに及びて伊三郎獨力之を維持せしが、明治九年五月、故ありて邸宅、浴塲を擧げて之を小池傳藏 (でんぞう) 及び森谷銀治郎の二人に譲輿す、二人創業の後を受け備さに酸辛を嘗め、遂に樓閣 (にかい) を増築し浴槽を改造し、大に當時 (読めなかった) の幣風を革め以て管内湯戸 (おんせんやど) 改良の先鞭を着く、是より作並新湯の名遐邇 (しほう) に洽 (あま) ねく、翕然 (いちじに) 來り浴するもの毎歳多きを加ふ、銀治郎は山形縣羽前國村山郡観音寺村の人、傳藏は同郡東根村の豪家にして泉主サトの夫なり、曾 (かつ) て戊辰の役、松前家の爲めに大に?策 (読めない) を獻じ、謀圖皆功を奏す、後ち病患に罹り、數次 (しばしば) 此湯に浴 (ゆあみ) して其功驗あるうと知り、遂に泉主となれりと云ふ。

作並温泉にはざっくり明治期には「瀧湯」「鷹湯」「目湯」「新湯」「河原湯」の5源泉が自噴していた。これらは総称して作並古湯とも呼ばれる。「鷹湯」はその代表格で、722 年 (養老5年) に行基により開湯されたと伝えられる。これらの源泉は今でも岩松旅館で使用されている [2]

上記から少し離れて、作並新湯は、1855 年 (安政元年) に開かれた。温泉はそれ以前から自噴していたものの、自然の中に埋没して利用する者は無かったという。それを開削したのが村山の大工であった修治、上愛子の豪農石垣彦左衛門、作並の役人奥山伊三郎の3名で、2つの温泉にそれぞれ「作並神湯」「岩龜の湯」と名付け、その近くに小屋を建てた。

20 年後の 1876 年 (明治9年)、「作並神湯 (コイケの湯)」は小池傳藏に、「岩龜の湯 (モリヤの湯)」は森谷銀治郎の手に渡り、そこに旅館を建てた。以来、温泉は広く知られることとなり、入浴客が多く訪れた、とのこと。

作並ホテルのロビーに 1916 年 (大正5年) の陸前作並鳥瞰が掲げられている。右半分には岩松旅館と河原の湯が、左半分には森谷本店と小池旅館が描かれ、神の湯、岩龜の湯とその浴場が確認できる。現在の作並ホテルの位置にあるのは森谷本店だが、現在も作並ホテルは森谷さんの子孫により経営されている。

なお古い建物は 1955 年 (昭和30年) に火災で全焼してしまったらしい [3]

陸前作並鳥瞰
⬑ 1916年 陸前作並鳥瞰

鳥瞰図には、作並ホテルに来る途中あった平賀こけし店も描かれている。

古い写真 渓谷側から
⬑ 古い写真だが、建物は現在のもの

さて、話は駐車場に戻って、ようやく館内に入る。

外観
⬑ 現在は日帰りしかやっていないおらず、窓は暗い

玄関
⬑ しかし中に入ると女将さんに温かく向かえられた

作並温泉の施設では日帰り入浴の営業時間が短いが、作並ホテルでは17時まで受け入れて貰えるので、とてもありがたい。

家族湯?
⬑ 大浴場に向かう途中、閉ざされた浴室もあった

男湯入口
⬑ 男湯へ

脱衣場
⬑ 脱衣場は小じんまりとしたもの

神の湯
⬑ 「神の湯」と書かれたプレートが立てかけられていた

歴史ある浴槽、清澄な湯、渓谷美の一体感

浴室は広い空間になっていて、壁2面は大きな窓で外の様子がよく見える。外は広瀬川の渓谷を望む向きになっている。今日は 11/15、外の木々は紅葉で赤と黄色に色付いていていた。浴室中央の大浴槽に反射して、空間は秋色のモザイクに染まっていた。

浴室 手前から
⬑ 浴槽は外の景色を映す

美しい浴室
⬑ 少し荒廃した浴槽と清澄な湯、紅葉の景色には不思議な一体感がある

浴室と窓
⬑ あまりに美しいのでたくさん撮影した

浴槽と窓
⬑ 水面近くの目線から見る

浴槽は1つだけ。12人程度が入浴できそうな大きなもので、瓢箪型に近い形状。浴槽の周囲や底はコンクリートは荒れて、建物の歴史と滅びの美を感じる。

湯口は浴槽の中央、浴室入口側にあり、50℃近い熱湯が常に吐き出されている。湯は浴槽に直接注がれるのではなく、一旦湯口下の小さい槽に流れ込む。この槽と浴槽は隔てられているように見えるが、実は底に湯の流れる口が開いており、浴槽に繋がる水路がある。浴槽内で湯口に向かって少し左手側、浴槽の底付近に手をかざすと熱い湯の流入を感じることができる。

浴室全体
⬑ 浴槽の中央に湯口

湯口からは透明な湯が流れ出している。周囲の石には白いトゲトゲ状の析出物が張り付き、石の表面全体をコーティングしている。温泉の石膏成分によるものだ。また、湯の流れは茶色か黒に染められている。白と焦茶色の対比が美しい。

湯口
⬑ 湯口は石膏析出物に覆われている

湯口前
⬑ 真上から見る

湯口 下
⬑ 湯口の下は小さな源泉槽になっている

湯は、浴槽の湯口に向かって左側からたっぷりとオーバーフロー。浴槽を回り込むように流れて窓際の溝より外に棄てられている。オーバーフロー量は多く、床の窪み部分の深いところでは 5 cm 程もの深さになっている。その上で横になってみるとちょうど良い感じに温かく、気持ち良くトド寝できそうだった。

浴室 奥から
⬑ 左側で溢れて手前側に流れてくる

湯の色は無色透明で清澄。浴槽の底は明瞭で、透き通った川のように薄っすらと青緑に色付いて見える。この浅い碧色と紅葉の橙が重なり複雑で神秘的な色彩。浮遊物は無し。

青みがかった湯
⬑ 渓谷カラーの湯

透明な湯
⬑ 真上から湯を撮ると何も無いように見える

飲んでみても味は無い。集中すると微かに芒硝の塩味があったようにも感じたが、薄味のため判然としなかった。無臭。

肌触りもそれといった特徴は無いが、少し肌に引っ掛かる印象があった。浴後はサッパリとして身体はサラサラである。浴槽内の温度は42℃程。適温ながら、長時間浸かり続けるには少しだけ熱い。上がってからも程良く熱が持続して温かかった。

個性は強くないが、安定感があってアットホームな泉質。

入浴中目線
⬑ 入浴しながら湯口を見る

温泉の成分

入浴心得が脱衣場に掲示されていた。宮城県内では温泉分析書の代わりに入浴心得が貼り出されていることが多い。

入浴心得
⬑ 令和元年12月「神の湯」

以下は自前のプログラムに分析書のデータを入力して、自動計算したもの。本物の分析書とは計算精度等の理由によりやや値が異なる場合があるかもしれない。

源泉名: 神の湯
湧出地: 仙台市青葉区作並字長原32
分析年月日: 令和元年12月23日

湧出量 記載無し
pH 7.6
泉温: 54 ℃
泉質 ナトリウム・カルシウム-硫酸塩・塩化物温泉 (低張性・弱アルカリ性・高温泉)
溶存物質合計 (ガス性のものを除く) 1010.65 mg/kg
成分総計 1015.05 mg/kg

温泉の成分は以下の通り:

(1) 陽イオン
成分ミリグラム [mg/kg]ミリバル [mval/kg]ミリバル% [mval%]
リチウムイオン (Li+)0.200.030.20
ナトリウムイオン (Na+)191.308.3256.41
カリウムイオン (K+)5.000.130.88
アンモニウムイオン (NH4+)<0.1< td>----
マグネシウムイオン (Mg2+)1.100.090.61
カルシウムイオン (Ca2+)123.606.1741.83
ストロンチウムイオン (Sr2+)0.600.010.07
アルミニウムイオン (Al3+)<0.1< td>----
マンガンイオン (Mn2+)<0.1< td>----
鉄 (II) イオン (Fe2+)<0.1< td>----
鉄 (III) イオン (Fe3+)<0.1< td>----
亜鉛イオン (Zn2+)<0.1< td>----
陽イオン計32214.8100.00
(2) 陰イオン
成分ミリグラム [mg/kg]ミリバル [mval/kg]ミリバル% [mval%]
フッ素イオン (F-)1.000.050.37
塩素イオン (Cl-)128.103.6126.39
臭素イオン (Br-)0.200.000.00
ヨウ化物イオン (I-)0.300.000.00
水酸イオン (OH-)0.000.000.00
硫化水素イオン (HS-)<0.1< td>----
硫化物イオン (S2-)0.000.000.00
チオ硫酸イオン (S2O32-)<0.1< td>----
硫酸水素イオン (HSO4-)0.000.000.00
硫酸イオン (SO42-)450.309.3868.57
リン酸水素イオン (HPO42-)<0.1< td>----
炭酸水素イオン (HCO3-)38.800.644.68
炭酸イオン (CO32-)0.000.000.00
メタ亜砒酸イオン (AsO2-)0.000.000.00
メタケイ酸イオン (HSiO3-)0.000.000.00
メタホウ酸イオン (BO2)0.000.000.00
陰イオン計61913.7100.00
(3) 遊離成分
非解離成分:
成分ミリグラム [mg/kg]ミリモル [mmol/kg]
メタ亜砒酸 (HAsO2)0.200.00
メタケイ酸 (H2SiO3)58.400.75
メタホウ酸 (HBO2)11.400.26
非解離成分計70.001.01
溶存ガス成分:
成分ミリグラム [mg/kg]ミリモル [mmol/kg]
遊離二酸化炭素 (CO2)4.400.10
遊離硫化水素 (H2S)<0.1< td>--
溶存ガス成分計4.400.10
(4) その他の微量成分
成分ミリグラム [mg/kg]ミリモル [mmol/kg]
総砒素 (As)0.150.00
総水銀 (Hg)<0.0005< td>--
鉛イオン (Pb)<0.01< td>--
カドミウムイオン (Cd)<0.002< td>--
微量成分計0.150.00

下記にも掲載しました。
神の湯 - 湯花草子

陽イオンはナトリウムイオン 56.4 mval%、カルシウムイオン 41.8 mval% で大部分。陰イオンは硫酸イオン 68.6 mval%、塩化物イオン 26.4 mval%、炭酸水素イオン 4.68 mval%。芒硝、石膏、食塩の混合で、他の成分はほとんどなく素朴な構成。作並の周辺では新第三紀中新世 (530万年〜2300万年前) の地層が分布しており、東北地方ではお馴染、過去の海底火山噴出物が堆積し変成して出来たグリーンタフを通ってきた温泉が湧いていると思われる。浅いところの温泉なので地下水の影響を受けて芒硝成分が多くなったのだと思う (あまり調べずに書いたので間違っているかも)。

入浴した印象は群馬県の湯宿温泉と似ていると思った。分析書を比べてみると確かに成分構成比が近いようだ。湯本館の源泉「湯宿温泉」では、陽イオンがナトリウムイオン 58.1 mval%、カルシウムイオン 41.1 mval%、陰イオンは硫酸イオン 78.4 mval%、塩化物イオン 18.6 mval% である。作並の「神の湯」と比較すると陽イオンの比はほとんど同じ、陰イオンは作並の方が少しバランスが良い。成分総計は「神の湯」1015 mg/kg に対し、「湯宿温泉」1440 mg/kg である。


  1. 宮城県鉱泉誌 - 国立国会図書館デジタルコレクション ↩︎

  2. 温泉|仙台 作並温泉 鷹泉閣 岩松旅館 公式ホームページ ↩︎

  3. 神の湯 ↩︎