晴れ 日帰り 1回目

連休を利用して群馬県の湯巡りをしている。さっきまでは応徳温泉で入浴し、同じ道の駅「六合」で蕎麦を食べ腹拵えをしたあと、長野原町の林温泉まで下ってきた。林温泉には「かたくりの湯」という共同浴場があり、強烈なアブラ臭により一部マニアにはよく知られている温泉である。

本来は地元住民向けの施設だが、好意で外部の人も入れるようにしてもらっているので、マナーよく入浴するようにしよう。

2020/3/21 応徳温泉

周辺の地理と歴史

林温泉はごく最近に掘削された温泉。八ッ場 (やんば) ダムの建設に伴って旧川原湯温泉がダム湖に沈んでしまうため、住民のために4つの源泉が新たに掘削された。林温泉はそのうちの1つである。場所は林地区にあり、一度現在の隣の位置に建てられたが、その後2015年5月に移転して今の位置になった。

林温泉の源泉についての情報はあまりインターネットで見つからないが、八ッ場ダム建設に伴い行なわれた川原湯源泉の調査報告を眺めてみると、以下のように記してあった [1]

かたくりの湯は、新湯の約 1.9km 西方に位置し、ボーリング孔から自噴している。川原畑層と呼ばれる中新世の火砕岩・堆積岩中から湧出しており、泉質は含石膏食塩泉 (Na・Ca-Cl・SO4泉) である。

同じ報告書で川原畑層については、

主に川原畑から上湯原に至る吾妻川河床及び八ッ場沢上流地域と、川原湯斜長斑岩の周縁部に分布する。下部は玄武岩質凝灰角礫岩〜火山角礫岩及びこれらと同質の溶岩の互層を主とし、上部は塊状のデイサイト質凝灰角礫岩からなる。全般に緑色を呈する変質 (グリーンタフ変質) を受けている。

とある。中新世は地質年代の新第三紀の前期で、約2,300万年前から500万年前の時代。この頃、東日本の山脈はまだ無いどころか深さ2,000mもの深海が広がっていたが、海底では活発な火山活動が続き火山灰が厚く堆積した。この火山灰がその後熱と圧力で変質したものがグリーンタフである。グリーンタフの地層から湧き出た温泉は、当時の海水に起因し、泉質はカルシウム・ナトリウム-硫酸塩・塩化物泉や、それと似た泉質が多い。林温泉は硫酸イオンがあまり多くないが、これがアブラ臭のヒントになっているかもしれない。

なお新たに掘削された源泉の残り3つは横壁温泉、温井 (ぬくい) 温泉、天狗の湯がある。うち横壁温泉は完全地元専用になり、温井温泉は閉鎖してしまったので、現在も入浴できるのは林温泉と天狗の湯だけである。天狗の湯ははじめ小さな共同浴場として作られたが、その後、道の駅あがつま峡に「吾妻峡温泉 天狗の湯」という立派な日帰り入浴施設として作り直された。

八ッ場ダムは吾妻川に設けられたダムで、1952年に計画されたあと紆余曲折を経て2020年4月1日に運用開始した。今回は図らずも運用開始直前に訪れたことになる。言われてみれば道の駅など、全体的にプレオープン的な雰囲気が漂っていたかもしれない。

ダム湖に沈んでしまった川原湯温泉についても、掘削により新たな源泉を発見し、ダム湖畔の上湯原地区で営業を再開している。以前の源泉は薬師堂の下の方にあった。旧温泉街の少し上にあった神社の周辺を適当にブラブラしつつ坂を登ると、薬師堂に着いたと記憶している。元々の源泉は自噴泉だったので、掘削になってしまったのは惜しい。だが新源泉は旧源泉よりも深部、より元に近いところから取るようになったという。ちなみに新旧どちらがより「まろやか」かについては人により意見が異なるようだ。川原湯温泉の源泉については、八ッ場ダム建設に伴い行なわれた川原湯源泉の調査報告がめちゃ詳しい [1:1]。新川原湯温泉の共同浴場「王湯」には、今回時間の都合で入浴できなかったのでまた訪れたい。

施設

林温泉は地元向けの共同浴場なだけあって、看板で誘導なんていう親切なことはしてくれないので探しにくい。建物も温泉らしさをあまりアピールしてこないから通り過ぎてしまいがちだ。そもそも林地区に辿り着くにも苦労した。ダムで集落が分断されている上、信号機の少ないバイパスでのアプローチになるので、気が付くと通り過ぎてしまうのだ。とりあえずは王城山 (みころし) 神社を探すと少し辿り着きやすそうだ。

ダム周辺をグルグル回ってやっと辿り着いたのが写真の施設。よく見ると、ちゃんと「林温泉 かたくりの湯」と掲げられている。

林温泉 正面
↑写真: 林温泉 かたくりの湯 正面

建物の外で男女分かれる造りになっている。建築の雰囲気のせいか、ただの2世帯住宅みたいにも見える。

林温泉 入口
↑写真: 林温泉 かたくりの湯 正面

家みたいな玄関扉には鍵がかかっておらず、普通に入ることができた。

林温泉 玄関
↑写真: 林温泉 かたくりの湯 玄関

勝手に入っていいいのか?と逆に不安になるが、玄関の先すぐ右手には管理協力金を入れる箱が設置してある。外来の利用者は一人300円を入れて下さい、とのこと。金額はいくらでもいいので、こういう風に外から来た人向けのメッセージを書いておいてもらえると、分かりやすくて助かる。

林温泉 管理協力金
↑写真: 林温泉 かたくりの湯 管理協力金を入れてください

玄関には西吾妻地区防犯協会のカレンダー。実写の女性と、なぜかバイクに跨った着ぐるみ上州くん・みやまちゃんがシンメトリに配置され、バイクの下には長野原町ゆるキャラ「にゃがのはら」、嬬恋村ゆるキャラ「嬬キャベちゃん」、草津温泉観光大使「ゆもみちゃん」が微妙な大きさで描かれている。なかなかいいB級感が出ていて気にいった。

林温泉 カレンダー
↑写真: 林温泉 かたくりの湯 カレンダー

とにかく箱に300円を投入して、次の扉を開けるとすぐに脱衣場だった。
この時点で灯油のような匂いが漂っており、思わず身震いする。

右手の戸の先が浴室だ。

林温泉 脱衣場
↑写真: 林温泉 かたくりの湯 脱衣場

先客がいないようなので貸切入浴だ。ラッキー。

温泉の利用方法と浴感

浴室に入ると、強烈なアブラ臭がした。灯油みたいな匂いで、部屋を閉め切って石油ファンヒーターを回したみたいな印象。同じくアブラ臭で有名な、新潟県の新津温泉と比べてみると、こっちの方が揮発したガスが充満した部屋みたいなイメージ。ちなみに新津温泉は灯油ポリタンクの中にいるみたいな気持ちになれる。

浴室の床は乾いていていて、前に誰かが入ってから十分な時間が経っていることが伺えた。貸切だけじゃなく、実質一番乗りでの入浴だ。

浴槽は長方形の内湯が1つ。総御影石でカッチリした感じ。
地元向け共同浴場にしては大きくて、6人以上が入浴できそうだった。

林温泉 浴室
↑写真: 林温泉 かたくりの湯 浴室手前から

林温泉 浴室
↑写真: 林温泉 かたくりの湯 浴室奥側から

小さく波立つ透明な湯は、火をつけると一気に燃え上がりそうな危険な想像をさせた。実際に燃えることは…たぶん無いと思うけど。

林温泉 透明な湯
↑写真: 林温泉 かたくりの湯 透明な湯

湯は、角の湯口から静かに注がれており、浴槽の窓側の縁からそのままオーバーフローしていた。加温無し、加水無し、循環・濾過無し、消毒無しの完璧な湯使いだ。源泉温度は75.5℃だが、利用場所では45.0℃まで下がっているので、そのまま浴槽に投入しても入浴できる。

林温泉 湯口上から
↑写真: 林温泉 かたくりの湯 湯口上から

とは言え、結構な量の湯が湧き出ているため、全部を浴槽に入れると熱くなりすぎるのだろう。半分以上の湯は浴槽の外に棄てられていた。こんな個性的な湯なのに、ちょっと勿体無く感じてしまう。

この日の浴槽の湯の温度は、43℃くらいだった。少し熱めだが適温だ。

林温泉 湯口反対側
↑写真: 林温泉 かたくりの湯 湯口即廃棄

湯の見た目は、無色透明で全く色がない。

湯を飲むのは少しだけ勇気が必要な感じだが、カップに掬って飲んでみると、はじめは若干の塩味が感じられた。追いかけてガス感のある苦味が下の側面に来て美味しくない。飲んだあと発火しそうなガスの匂いが鼻の奥から上がってくるので、グイグイ飲もうという気はとても起きなかった。

林温泉 入浴中目線
↑写真: 林温泉 かたくりの湯 入浴中目線

肌触りにはあまり特徴は無いが、非常によくあたたまり、汗が猛烈に出てきてなかなか収まらなかった。夏だったらなかなかハードな入浴になりそうだ。

林温泉 浴槽
↑写真: 林温泉 かたくりの湯 浴槽

温泉の成分

温泉分析書は、脱衣場の壁に掲示されていた。

林温泉 温泉分析書
↑写真: 林温泉 かたくりの湯 温泉分析書

以下に分析書の情報を書き起した。ミリバルの値などは自前のソフトに計算させて補った。

源泉名: 林温泉 かたくりの湯
湧出地: 群馬県吾妻郡長野原町大字林字東原1426
分析年月日: 平成19年6月29日

湧出量 記載無し
泉温: 75.5 ℃ 利用場所45.0℃ (林共同浴場)
泉質 ナトリウム・カルシウム-塩化物温泉 (低張性・中性・高温泉)
溶存物質合計 (ガス性のものを除く) 4357 mg/kg
成分総計 4373.9 mg/kg

温泉の成分は以下の通り:

(1) 陽イオン
成分ミリグラム [mg/kg]ミリバル [mval/kg]ミリバル% [mval%]
リチウムイオン (Li+)------
ナトリウムイオン (Na+)954.0041.5058.72
カリウムイオン (K+)10.500.270.38
マグネシウムイオン (Mg2+)0.960.080.11
カルシウムイオン (Ca2+)574.0028.6440.52
ストロンチウムイオン (Sr2+)1.060.020.03
アルミニウムイオン (Al3+)<0.05< td>----
マンガンイオン (Mn2+)0.130.000.00
鉄 (II) イオン (Fe2+)0.060.000.00
陽イオン計155370.7100.00
(2) 陰イオン
成分ミリグラム [mg/kg]ミリバル [mval/kg]ミリバル% [mval%]
フッ素イオン (F-)1.600.080.12
塩素イオン (Cl-)2140.060.3687.01
臭素イオン (Br-)9.200.120.17
硫化水素イオン (HS-)0.500.020.03
硫酸イオン (SO42-)384.007.9911.52
炭酸水素イオン (HCO3-)48.700.801.15
陰イオン計258469.4100.00
(3) 遊離成分
非解離成分:
成分ミリグラム [mg/kg]ミリモル [mmol/kg]
メタケイ酸 (H2SiO3)84.701.08
メタホウ酸 (HBO2)135.003.08
非解離成分計219.704.16
溶存ガス成分:
成分ミリグラム [mg/kg]ミリモル [mmol/kg]
遊離二酸化炭素 (CO2)16.500.37
遊離硫化水素 (H2S)0.400.01
溶存ガス成分計16.900.38
(4) その他の微量成分
成分ミリグラム [mg/kg]ミリモル [mmol/kg]
総砒素 (As)0.590.01
総水銀 (Hg)検出せず (0.0005mg/kg未満)--
銅イオン (Cu)0.05未満--
鉛イオン (Pb)検出せず (0.005mg/kg未満)--
カドミウムイオン (Cd)----
亜鉛イオン (Zn)0.01未満--
微量成分計0.590.01

林温泉 かたくりの湯 - 湯花草子

硫酸イオンが 11.5 mval% と、グリーンタフから湧き出す温泉にしては少なめのため、地中の硫酸還元バクテリアによる硫酸イオンの消費がそこそこ進んだ状態なのかもしれない。このバクテリアの活動により天然ガスが発生するらしい [2]。この、生物起因のガスが、強烈な、いや魅惑的なアブラ臭の要因になっている、ような気がする。

ところで還元された硫黄イオンは何処に消えるのか、よくわからなかった。

その他

林温泉 温泉分析書別表
↑写真: 林温泉 かたくりの湯 管理協力費について


  1. 川原湯温泉の源泉に関する情報開示資料 | 八ッ場(やんば)あしたの会 ↩︎ ↩︎

  2. 温泉の科学4-3 ↩︎