日帰り, 1回目, 晴れ, 2020年度中64湯目
一日の自由時間を得たので山梨県南巨摩郡の温泉へ入浴しに来た。西山温泉 蓬莱館 (2020/11/3) の後は奈良田温泉 白根館へ。南アルプスの秘境にある温泉で奈良時代の伝説が残されている。温泉はとても個性的なものだが、特に味と匂いが食塩味、硫黄味、ガス臭、アンモニア臭、硫化水素臭と強烈なもので感動した。毎日入浴したい。
施設・温泉概要
所在地: 山梨県南巨摩郡早川町奈良田344
Web: 奈良田温泉・白根館ホームページ
日帰り入浴: 可 10:30-16:00 (受付15:30まで)
宿泊: 不可
源泉名: 奈良田温泉 七不思議の湯
湧出地: 山梨県南巨摩郡早川町奈良田323番地
湧出量: 75 ℓ/分 (掘削500m・動力揚湯)
泉温: 47.8 ℃
pH: 9.1
成分総計: 3904.7 mg/kg
泉質: 含硫黄-ナトリウム-塩化物温泉 (低張性・アルカリ性・高温泉)
旧泉質名: 硫黄泉 / 含食塩硫黄泉
一番良い浴槽の温泉利用方法:
加温 | 加水 | 循環 | 消毒 |
---|---|---|---|
無 | 無 | 無 | 無 |
孝謙天皇の伝説が残る歴史ある温泉
奈良田 (ならだ) 温泉は山梨県南巨摩 (みなみこま) 郡の最奥、奈良田地区にある温泉。山梨県南西部を走る国道57号の下部 (しもべ) 温泉附近から山梨県道37号に入り、ほとんど一本道で集落も少ない山道をひたすら走って35kmの先にある。まさに秘境の名に相応しい土地。往復70kmの区間、ガソリンスタンドも無いのでバイクの場合は燃料を確保してからでないと途中でガス欠になりかねない。1軒、入口近くにローカルなものがあるが、営業時間の制限が大きそうだ。奈良田温泉 白根館は同じ奥地の西山温泉よりもさらに3km先にある。
奈良田温泉のある奈良田集落には、奈良時代の天平 (てんぴょう) の時の女帝、孝謙天皇 (奈良王) が滞在して8年間住んだという伝説が残されており、「奈良田の七不思議」として語り継がれている。その内の1つ「洗濯池」は、冬の洗濯に苦労している村人を見た奈良王が八幡神社に祈願したところ湧き出したという。白根館のサイトでは、この洗濯池の湯が現代に残されたものが源泉「七不思議の湯」であると書いている。現在は500mの掘削と動力揚湯により温泉を取り出しているが、奈良田には「御手洗のぬく湯」「しょみづ (塩の池・塩水)」「みょうぞんの湯 (明星)」「長寿の湯」「子宝の湯」「おぼこの湯」「くなの湯 (苦無)」の7つの湯の名前が残されており、遥か昔は自噴していたようだ。しかし当時の奈良田集落は1960年 (昭和35年) 西山ダム (奈良田湖) の建設に伴い水没し、現在の集落は高台に移転したものであるから、今はダムの底であろう [1][2][3]。
奈良田温泉 白根館は集落の中で一番低い、早川に沿った道路沿いのわかりやすい場所にある。
⬑ 「奈良田温泉 七不思議の湯」と書かれた看板が目印
⬑ 日帰り入浴を 10:30〜16:00 で受け付けている
現在は日帰り入浴だけの受け入れで、2020/3/4 以降、宿泊はやっていないとのこと。
⬑ 階段を上って折り返すと、秘湯宿らしい味のある建物
⬑ 日本秘湯を守る会の提灯が下げられている
⬑ フロントの雑然さからも秘湯らしさが溢れる
⬑ 入浴料金を支払って右奥へ
⬑ 男湯が石造りの露天風呂、女湯が木造りの露天風呂だった。男女入れ替えられるようになっているようだ
⬑ 男湯へ。右壁にかかる掲示は秘湯を守る会共通のものなので割愛する
⬑ 奥が露天風呂、手前左側が内風呂
浴室は意外と混雑していた。秘湯だが人気があるようだ。日帰り入浴終了時間の間際、誰もいなくなった隙を見て撮影した。
味と匂いが個性的で病み付きになる
先の写真の通り、脱衣場を挟んで内湯と露天風呂がある。
内湯がより素晴しいので一旦取っておいて露天風呂から。露天風呂の壁には源泉の紹介が掲示されていた。
⬑ イオウ臭が強くなったり弱くなったりする石造りの露天風呂
情報量が多いので以下に書き起こしておく。
源泉「七不思議の湯」
-石造りの露天風呂-湧出地
当館駐車場南側
湧き出し方
ポンプによる揚湯
(井戸の深さ五百メートル)
源泉の溫度
四十七・八度
湧出量
毎分 約七十〜七十五リットル
泉質
含硫黄-ナトリウム-塩化物温泉
(旧泉質名、含食塩-硫黄泉)
(詳細はマッサージ機のところの温泉分析書をご覧下さい)
給湯口の溫度
四十三〜四十七度
(気温に合わせ熱交換による溫度調節を行っている)給湯量
この浴槽には、毎分約十七リットル
給湯方法
源泉百%掛け流し
浴用の適応症
…略…
飮用の適応症
…略…
温泉の特徴
一・透明、緑色、白濁と天候気温等により色が変わる
二・湯華いっぱい
三・イオウ臭が強くなったり弱くなったり
四・ツルツル美肌の湯
(滑りやすいのでご用心!)(この浴槽は毎日 消毒・清掃しています)
⬑ L字型で6人サイズの岩風呂
浴槽の外では、奈良田湖の上流で仕事するブルドーザーが見える。
⬑ 湯口の上には高さ40cm程度の観音像が立つ
⬑ 少し青みがかった透明な湯
⬑ 入浴中目線で湯口
次に内湯。
⬑ 浴室入口側から
⬑ 総檜造りでいい感じ
浴槽は長方形。中央辺りに仕切りが立てられていて、湯口側は4人サイズの大きさ、温度は42℃程度に調節されている。反対側は6人サイズで、温度は41℃程度だった。
⬑ 浴槽の端に丸太が直立し、そこから湯が注がれる珍しい湯口
⬑ 木にい穴を開けて樋が差し込まれているようだ
湯口から透明な湯がジャバジャバと注がれ、湯の流れる部分だけ黒ずんでいる。
浴槽の湯も無色透明だが、微かに青緑がかっても見える。白い湯の華が少しだけ舞っていた。
湯を飲んでみると塩気のあるタマゴ味でかなり個性的。もう少し言うと。塩を擦り込んだゆで卵を硫化水素臭ガスで燻したような味。舌の両側面にはっきりとした苦味を帯びながら、食塩をまぶしたような塩味があって、飲み込んだあとに鼻に卵臭、硫化水素臭が抜けた。硫化水素臭は刺激臭という感じでもなく、漢方か珍味かのような印象。
何より特徴的なのは匂いだ。内湯の浴室に入った途端に饐えたような匂いが香った。いったい何だろうと悩んだがアンモニア臭だと思う。それに天然ガスのような匂いが混ざっている。さらに湯に近づくにつれ硫化水素の刺激臭が強くなり、手で汲んで直接嗅ぐと、タマゴ臭をはっきりと感じられた。匂いのよくばりセットみたいな組み合わせで、嗅ぐほどに病みつきになる。露天風呂ではアンモニア臭があまり香らないので、熱気が籠もる内湯がおすすめである。
内湯は熱気のため温まりも強く、長湯は難しい。湯の感触はニュルニュルかトロトロとしていて、これも大変に個性的。入浴中は終始、指先や身体にヌルヌルと感触があった。
⬑ おまけで洗い場の写真
温泉の成分
温泉分析書は、脱衣場の入口と館内のマッサージ機の横に掲示されている。館内の方が明るい撮影し易い。
⬑ 平成28年5月6日の分析書
⬑ 浴用の別表
⬑ 飮用許可もあるようだ
以下は自前のプログラムに分析書のデータを入力して、自動計算したもの。本物の分析書とは計算精度等の理由によりやや値が異なる場合があるかもしれない。
源泉名: 奈良田温泉 七不思議の湯
湧出地: 山梨県南巨摩郡早川町奈良田323番地湧出
分析年月日: 平成28年5月6日
湧出量 75 L/min (動力揚湯)
pH 9.1
泉温: 47.8 ℃ (調査時における気温17℃)
泉質 含硫黄-ナトリウム-塩化物温泉 (低張性・アルカリ性・高温泉)
溶存物質合計 (ガス性のものを除く) 3904.5 mg/kg
成分総計 3904.7 mg/kg
温泉の成分は以下の通り:
(1) 陽イオン
成分 | ミリグラム [mg/kg] | ミリバル [mval/kg] | ミリバル% [mval%] |
---|---|---|---|
水素イオン (H+) | 0.00 | 0.00 | 0.00 |
リチウムイオン (Li+) | 6.30 | 0.91 | 1.47 |
ナトリウムイオン (Na+) | 1366.6 | 59.44 | 95.98 |
カリウムイオン (K+) | 18.10 | 0.46 | 0.74 |
アンモニウムイオン (NH4+) | 16.50 | 0.91 | 1.47 |
マグネシウムイオン (Mg2+) | 0.30 | 0.02 | 0.03 |
カルシウムイオン (Ca2+) | 2.90 | 0.14 | 0.23 |
ストロンチウムイオン (Sr2+) | 1.40 | 0.03 | 0.05 |
アルミニウムイオン (Al3+) | 0.20 | 0.02 | 0.03 |
マンガンイオン (Mn2+) | 0.00 | 0.00 | 0.00 |
鉄 (II) イオン (Fe2+) | 0.00 | 0.00 | 0.00 |
鉄 (III) イオン (Fe3+) | 0.00 | 0.00 | 0.00 |
陽イオン計 | 1412 | 61.9 | 100.00 |
(2) 陰イオン
成分 | ミリグラム [mg/kg] | ミリバル [mval/kg] | ミリバル% [mval%] |
---|---|---|---|
フッ素イオン (F-) | 27.80 | 1.46 | 2.27 |
塩素イオン (Cl-) | 1812.2 | 51.12 | 79.39 |
臭素イオン (Br-) | 4.30 | 0.05 | 0.08 |
ヨウ化物イオン (I-) | 0.30 | 0.00 | 0.00 |
水酸イオン (OH-) | 0.20 | 0.01 | 0.02 |
硫化水素イオン (HS-) | 24.30 | 0.73 | 1.13 |
硫化物イオン (S2-) | 0.00 | 0.00 | 0.00 |
チオ硫酸イオン (S2O32-) | 0.20 | 0.00 | 0.00 |
硫酸水素イオン (HSO4-) | 0.00 | 0.00 | 0.00 |
硫酸イオン (SO42-) | 144.90 | 3.02 | 4.69 |
リン酸水素イオン (HPO42-) | 0.00 | 0.00 | 0.00 |
炭酸水素イオン (HCO3-) | 234.70 | 3.85 | 5.98 |
炭酸イオン (CO32-) | 124.40 | 4.15 | 6.45 |
メタ亜砒酸イオン (AsO2-) | 0.00 | 0.00 | 0.00 |
メタホウ酸イオン (BO2) | 0.00 | 0.00 | 0.00 |
陰イオン計 | 2373 | 64.4 | 100.00 |
(3) 遊離成分
成分 | ミリグラム [mg/kg] | ミリモル [mmol/kg] |
---|---|---|
メタ亜砒酸 (HAsO2) | 0.00 | 0.00 |
メタケイ酸 (H2SiO3) | 33.10 | 0.42 |
メタホウ酸 (HBO2) | 85.80 | 1.96 |
非解離成分計 | 118.90 | 2.38 |
成分 | ミリグラム [mg/kg] | ミリモル [mmol/kg] |
---|---|---|
遊離二酸化炭素 (CO2) | 0.00 | 0.00 |
遊離硫化水素 (H2S) | 0.20 | 0.01 |
溶存ガス成分計 | 0.20 | 0.01 |
(4) その他の微量成分
成分 | ミリグラム [mg/kg] | ミリモル [mmol/kg] |
---|---|---|
総砒素 (As) | 0.01未満 | -- |
総水銀 (Hg) | 0.00 | 0.00 |
銅イオン (Cu) | 0.05未満 | -- |
クロム (Cr) | 0.01未満 | -- |
鉛イオン (Pb) | 0.01未満 | -- |
カドミウムイオン (Cd) | 0.01未満 | -- |
亜鉛イオン (Zn) | 0.01未満 | -- |
微量成分計 | 0.00 | 0.00 |
下記にも掲載しました。
奈良田温泉 七不思議の湯 - 湯花草子
陽イオンに含まれる成分はナトリウムイオンが 96 % で主だが、残りでアンモニウムイオンが 16.5 mg/kg が珍しい。リチウムイオン、ストロンチウムイオン、アルミニウムイオンも気になる。
陰イオンは塩素イオンが 79 %、硫酸イオン 4.7 % でここまではまあ普通だが、フッ素イオン 27.8 mg/kg が極めて多い。硫化水素イオンもなかなか多いし、炭酸水素イオン、炭酸イオンは早川で湧き出す天然ガスの影響だろうか。臭素イオンもこの手の泉質にしては多い気がする。
早川地区では時折天然ガスが地中より噴き出して工事が中止されたりしているらしい。奈良田湖の底からも湧き上がっている。西山温泉の前を流れる早川沿いには、古第三紀 (2,300万年〜6,600万年前) の瀬戸側層群と呼ばれる地層が分布している。天然ガスは古い泥岩に含まれる有機物が分解されて出来たとされる [1]。瀬戸側層群は西日本でお馴染、海洋プレートが大陸プレートの下に潜り込む時に削られた上面が列島の地下に付け足された付加体の四万十帯に属している。
⬑ ORP (酸化還元電位) の分析結果も掲示されていた
⬑ 建物の前の小屋は源泉施設
⬑ ホースを通って湯が施設内に運ばれる
山梨県早川町における四万十帯の天然ガス徴候地について, 地質調査所月報 Vol.32 No.5 (1981)|産総研地質調査総合センター ↩︎