日帰り, 1回目, 晴れ, 2020年度中6湯目

南紀白浜には大学生のときに一度来たことがある。東北の暗い色をした海しか知らなかったので、南国のエメラルドグリーンのまぶしいほど明るい海を見て衝撃を受けたのを覚えている。その時に泊まったのは旅館むさしだった。(情報科学の) 学会参加だったので、他は入浴しなかった。白浜温泉の旅館 むさし

今回はもちろん温泉がお目当て。まずは牟婁の湯を訪ずれた。

牟婁 (むろ) の湯は、白浜温泉に6つある共同浴場の1つ。牟婁の湯では礦湯 (まぶゆ) 源泉と行幸 (みゆき) 源泉の2本の源泉を利用していて、両方個別に入浴することができる。礦湯源泉の泉質は含硫黄-ナトリウム-塩化物強塩泉で、つまり硫黄泉なのに塩辛い奇妙な温泉だ。今回はこの温泉に入浴することを最大の目的にして白浜にやってきた。

ちなみに以前、青森の三内温泉でもしょっぱい硫黄泉に出会っている。その後に同じような温泉は他に無いか調べていて、礦湯源泉が気になっていた。2020/1/3 さんない温泉 三内ヘルスセンター

施設・源泉の基本情報

住所: 和歌山県西牟婁郡白浜町1665番地
営業時間: 7:00〜22:00 (受付21:30まで)
公式サイト: 白浜温泉 牟婁の湯/白浜町ホームページ
日帰り入浴のみ・宿泊不可

源泉1: 礦湯2号

湧出地: 和歌山県西牟婁郡白浜町1600
湧出量: 190 L/分 (掘削・動力揚湯)
泉温: 74 ℃
pH: 7.3
成分総計: 20,242 g/kg
泉質: 含硫黄-ナトリウム-塩化物強塩温泉 (高張性・中性・高温泉)

源泉2: 行幸源泉

湧出地: 和歌山県西牟婁郡白浜町1756-4
湧出量: 測定不能 (掘削・動力揚湯)
泉温: 78 ℃
pH: 7.9
成分総計: 10,880 g/kg
泉質: ナトリウム-塩化物温泉 (高張性・弱アルカリ性・高温泉)

白浜温泉の歴史

白浜温泉や源泉の歴史は、このあと予定している崎の湯の記事で勉強した方が自然なので、ここでは省略する。

白浜温泉と言えば日本書紀や古事記にも登場し日本最古クラスの温泉として知られているが、そこで書かれた「牟婁温湯」は現在の「崎の湯」共同浴場に相当する。当時の源泉は当然自噴していたはずだが、現在の源泉は牟婁の湯でも使用する行幸源泉で掘削動力揚湯により湧出している。

礦湯についても、江戸時代の頃には自噴していたようだが、現在牟婁の湯で使用しているのは掘削動力揚湯の「礦湯2号」。

牟婁の湯の施設

牟婁の湯は、古くからの温泉街がある湯崎地区と、白い砂浜が目を魅き付ける白良浜海水浴場の中間あたりにある。この往来では岸が狭くなっているため、道路は往復1車線ずつの2本に分けられて、一方は海スレスレを通り、他方はトンネルになっている。そのトンネルよりも湯崎側で、2本の道路の間の狭い三角地帯に建つのが牟婁の湯である。初見では間違いなく通り過ぎてしまうだろう。

駐車場はあるものの車数台分しか停められないので、ほとんど利用不可能。外来者は湯崎漁港の「フィッシャーマンズワーフ白浜」の大きな駐車場を利用するのが安全だ。

白浜温泉 牟婁の湯 外観
↑ 写真: 白浜温泉 牟婁の湯 外観

白浜温泉 牟婁の湯 正面
↑ 写真: 白浜温泉 牟婁の湯 正面

館内は公営らしいコンパクトな造り。入って正面に番台があり、そこで入浴料金を支払う。その左右にはすぐに男女別の脱衣場への入口がある。番台の手前左手 (下の写真の手前) には小さいながら休憩スペースもある。脱衣場の先には男女別の浴室。内湯のみで露天風呂は無い。

白浜温泉 牟婁の湯 館内
↑ 写真: 白浜温泉 牟婁の湯 館内

白浜温泉 牟婁の湯 館内
↑ 写真: 白浜温泉 牟婁の湯 館内

休憩スペースの壁には、白浜温泉の概要や、新聞の切り抜き、温泉分析書が掲示されていた。これらの中身について、ここでは触れず、崎の湯の記事で勉強することにする。

白浜温泉
↑ 写真: 白浜温泉について

白浜温泉 牟婁の湯 毎日新聞 1991/3/13
↑ 写真: 白浜温泉 牟婁の湯 毎日新聞 1991/3/13

なお浴室内の写真は撮影できなかった。写真は 公式ページ を見たら良いと思う。

温泉の利用方法と浴感

浴槽は2つあって、向かって右側が礦湯2号源泉を使用する砿湯 (まぶゆ)、左側が行幸源泉を使用する行幸湯。浴槽全体は浴室を横断する波形になっていて、さらにそれをアーチ状の仕切りで2つの浴槽に分けている。

砿湯

砿湯の浴槽は4人位が入浴できそうな大きさ。やや深めで普通に座ると口が溺れるので、立ち膝くらいがちょうど良い。

湯は男女浴室を仕切る岩壁のやや高い位置に埋め込まれたパイプから、浴槽に小さい滝状になってジャボジャボと注がれる。溢れた湯は浴槽手前側からそのままオーバーフロー。

温泉の利用方法は加温無し、加水有り、循環無し、消毒無しで掛け流しの利用。加水は、源泉温度が74℃と高温のため、温度調整のために行っている。高いところから湯を落しているのは、加水を最低限にしながら温度を下げる工夫かもしれない。浴槽内の温度は体感42℃ほど。

湯口から流れ出す湯の色は無色透明。浴槽の湯の見た目も無色透明で、浴槽の底がよく見える。湯の中を覗いてみると硫黄の白い湯の花がまばらに舞っていた。

匂いは明確な玉子臭で、湯に浸かっているだけでも香った。湯に鼻を近づけて入浴すると、玉子の匂いに包まれて至福である。

湯口の滝から湯を手に汲んで飲んでみると、濃い目の塩味があってしょっぱい。顔をしかめて味覚を締め付けるほど強力ではないが、塩スープなら十分に濃い部類に入る塩味。もちろん何度も飲んで楽しんだ。

肌触りは少しツルツルした感触で、温泉感が有る。

飲んで旨し、嗅いで心地良しの、実に楽しい湯である。いくらでも入っていたくなる。

ただ浴室内の空気は籠もり気味のため、夏の入浴は暑そうだと思った。

行幸湯

行幸湯の浴槽は砿湯より少し大きく、6人が入浴できる大きさ。こちらは浅めになっていて、浴槽内でベタッと座ってちょうど良い。

湯は男女浴室を仕切る岩壁の低い位置から飛び出したパイプから吐き出されていて、その下の斜面を流れて浴槽に注がれる。湯が落ちる先にはザルが置いてあって、焦茶色に染まっていた。浴槽から溢れた湯はやはりそのままオーバーフロー。

温泉の利用方法は、こちらも加水有り、循環無し、消毒無しで掛け流し。源泉温度は78℃で入浴できる温度ではないので加水は仕方無い。湯を浴槽に注ぐ前に少し坂を流しているのは、これも温度を下げるための工夫かもしれない。浴槽内の温度は体感40℃ほどで、少しぬるめで入り易い。地元の人もこっち側に集まっていた。

湯口から吐き出される湯の色は無色透明、浴槽内の湯も無色透明。浴槽内をよく見ると、茶色の湯の花の沈殿があることに気付いた。

湯を飲んでみると、礦湯と比べて少し薄味で、味は少しやわらかい塩味。代わりにやや苦みを感じた。匂いも比較的あっさりしていて、玉子臭はあるもののささやかなものだった。

ガツンと温泉気分を味わいたいなら砿湯、ゆっくり入浴するなら行幸湯が適当だろう。

余談だが、礦湯と行幸源泉の所有者はそれぞれ、白浜町と湯崎観光。所有者の異なる2つの源泉が使用される共同浴場は珍しいと思う。

温泉の成分

温泉分析書は先述の通り休憩スペースに掲示されていた。源泉2種類について、それぞれ記載する。

礦湯2号

礦湯2号 温泉分析書
↑ 写真: 白浜温泉 礦湯2号 温泉分析書

礦湯2号 温泉分析書
↑ 写真: 白浜温泉 礦湯2号 温泉分析書別表

以下は自前のプログラムに分析書のデータを入力して、自動計算したもの。本物の分析書とは計算精度等の理由によりやや値が異なる場合があるかもしれない。

源泉名: 礦湯2号
湧出地: 和歌山県西牟婁郡白浜町1664-2 (除炭酸カルシウム処理後の採水)
分析年月日: 平成29年8月18日

湧出量 190 L/分 (動力揚湯)
pH 7.3
泉温: 74.0 ℃ (調査時における気温29.0℃)
泉質 含硫黄-ナトリウム-塩化物強塩温泉 (高張性・中性・高温泉)
溶存物質合計 (ガス性のものを除く) 19943 mg/kg
成分総計 20242.8 mg/kg

温泉の成分は以下の通り:

(1) 陽イオン
成分ミリグラム [mg/kg]ミリバル [mval/kg]ミリバル% [mval%]
水素イオン (H+)0.1未満----
ナトリウムイオン (Na+)6294.0273.7778.60
カリウムイオン (K+)241.806.181.77
マグネシウムイオン (Mg2+)661.4054.4215.63
カルシウムイオン (Ca2+)278.1013.883.98
アルミニウムイオン (Al3+)0.1未満----
マンガンイオン (Mn2+)1.300.050.01
鉄 (II) イオン (Fe2+)0.1未満----
陽イオン計7477348100.00
(2) 陰イオン
成分ミリグラム [mg/kg]ミリバル [mval/kg]ミリバル% [mval%]
フッ素イオン (F-)2.700.140.04
塩素イオン (Cl-)10050283.4787.84
水酸イオン (OH-)0.1未満----
硫化水素イオン (HS-)2.200.070.02
チオ硫酸イオン (S2O32-)0.200.000.00
硫酸イオン (SO42-)404.908.432.61
炭酸水素イオン (HCO3-)1868.030.619.48
炭酸イオン (CO32-)0.1未満----
メタケイ酸イオン (HSiO3-)0.1未満----
メタホウ酸イオン (BO2)0.1未満----
陰イオン計12328323100.00
(3) 遊離成分
非解離成分:
成分ミリグラム [mg/kg]ミリモル [mmol/kg]
メタケイ酸 (H2SiO3)79.501.02
メタホウ酸 (HBO2)58.701.34
非解離成分計138.202.36
溶存ガス成分:
成分ミリグラム [mg/kg]ミリモル [mmol/kg]
遊離二酸化炭素 (CO2)298.606.78
遊離硫化水素 (H2S)1.200.04
溶存ガス成分計299.806.82
(4) その他の微量成分
成分ミリグラム [mg/kg]ミリモル [mmol/kg]
総砒素 (As)0.001未満--
総水銀 (Hg)0.0005未満--
銅イオン (Cu)0.01未満--
鉛イオン (Pb)0.05未満--
カドミウムイオン (Cd)0.05未満--
微量成分計0.000.00

下記にも掲載しました。
礦湯2号 - 湯花草子

礦湯2号源泉は牟婁の湯より少し北、コーポみずほの北隣にある。道路沿いにあって外側から見学できる。

礦湯2号源泉
↑ 写真: 白浜温泉 礦湯2号源泉

礦湯2号源泉
↑ 写真: 白浜温泉 礦湯2号源泉

礦湯2号源泉
↑ 写真: 白浜温泉 礦湯2号源泉

行幸源泉

白浜温泉 牟婁の湯 温泉分析書 行幸源泉
↑ 写真: 白浜温泉 牟婁の湯 温泉分析書 行幸源泉

白浜温泉 牟婁の湯 温泉分析書別表 行幸源泉
↑ 写真: 白浜温泉 牟婁の湯 温泉分析書別表 行幸源泉

以下は自前のプログラムに分析書のデータを入力して、自動計算したもの。本物の分析書とは計算精度等の理由によりやや値が異なる場合があるかもしれない。

源泉名: 行幸源泉
湧出地: 和歌山県西牟婁郡白浜町2993番地
分析年月日: 平成26年2月20日

湧出量 記載無し
pH 7.9
泉温: 78.0 ℃ (調査時における気温17.0℃)
泉質 ナトリウム-塩化物温泉 (高張性・弱アルカリ性・高温泉)
溶存物質合計 (ガス性のものを除く) 10879.8 mg/kg
成分総計 10880.1 mg/kg

温泉の成分は以下の通り:

(1) 陽イオン
成分ミリグラム [mg/kg]ミリバル [mval/kg]ミリバル% [mval%]
水素イオン (H+)0.1未満----
ナトリウムイオン (Na+)3390.0147.4684.30
カリウムイオン (K+)167.004.272.44
マグネシウムイオン (Mg2+)226.4018.6310.65
カルシウムイオン (Ca2+)91.004.542.60
アルミニウムイオン (Al3+)0.100.010.01
マンガンイオン (Mn2+)0.600.020.01
鉄 (II) イオン (Fe2+)0.100.000.00
陽イオン計3875175100.00
(2) 陰イオン
成分ミリグラム [mg/kg]ミリバル [mval/kg]ミリバル% [mval%]
フッ素イオン (F-)3.500.180.11
塩素イオン (Cl-)4396.0124.0073.41
水酸イオン (OH-)0.1未満----
硫化水素イオン (HS-)0.200.010.01
チオ硫酸イオン (S2O32-)1.100.020.01
硫酸イオン (SO42-)451.509.405.56
炭酸水素イオン (HCO3-)1834.030.0617.80
炭酸イオン (CO32-)157.605.253.11
メタケイ酸イオン (HSiO3-)0.1未満----
メタホウ酸イオン (BO2)0.1未満----
陰イオン計6844169100.00
(3) 遊離成分
非解離成分:
成分ミリグラム [mg/kg]ミリモル [mmol/kg]
メタケイ酸 (H2SiO3)110.901.42
メタホウ酸 (HBO2)49.801.14
非解離成分計160.702.56
溶存ガス成分:
成分ミリグラム [mg/kg]ミリモル [mmol/kg]
遊離二酸化炭素 (CO2)0.1未満--
遊離硫化水素 (H2S)0.300.01
溶存ガス成分計0.300.01
(4) その他の微量成分
成分ミリグラム [mg/kg]ミリモル [mmol/kg]
総砒素 (As)0.001未満--
総水銀 (Hg)0.0005未満--
銅イオン (Cu)0.01未満--
鉛イオン (Pb)0.05未満--
カドミウムイオン (Cd)0.05未満--
微量成分計0.000.00

下記にも掲載しました。
行幸源泉 - 湯花草子

行幸源泉は崎の湯に入っていく道の前にあるのだが見逃してしまった。次回の宿題とする。

含硫黄-ナトリウム-塩化物強塩温泉の謎

白浜では何故、玉子臭があるのに塩辛い珍しい温泉、泉質で言うと含硫黄-ナトリウム-塩化物強塩温泉が湧くのだろうか。私は全くの素人で、地学なんて高校までしか教わったことのない門外漢なので余計なことは書かないのが世のためであるが、無責任を承知で勝手に推測してみた。

塩素イオンについて

現在の姥湯2源泉の陰イオン成分を見ると、塩素イオン (Cl) が 283.48 mval, 87.84 mval% で、炭酸イオン (HCO3) が 30.61 mval, 9.48 mval% で塩素イオンが炭酸イオンよりずっと多い。この塩素イオンがナトリウムイオンと結合して食塩 (NaCl) になるため、温泉はしょっぱくなる。

しかし実は、かつて白浜の温泉の泉質は異なるものだった。

明治時代〜大正時代までは白浜には湯崎七湯と呼ばれる自噴泉があり、それらの当時の泉質は炭酸イオンが主成分の重曹泉だった。白浜では大正頃から温泉の掘削が始まり、その後、次第に掘削による温泉湧出の湧出量が増大する中で、地下の温泉の水圧低下により、海水が温泉の湧出経路に侵入するようになった。こうして、湧き出す温泉は海水の成分の影響を受けて食塩泉になった [1]

つまり白浜の温泉は元々塩辛かったわけではなく、かつては玉子臭のする重曹泉だったのだが、それが近年の温泉開発のために玉子臭のする食塩泉に変化してしまったということ。(もちろん今は対策済み。) 昔は湯の峰温泉みたいな泉質だったのかもしれない。

硫黄について

礦湯のもう一つの特徴は硫黄成分だ。火山も無いのにはっきりと玉子臭が感じられるくらいに硫黄が含まれているのは何故だろう。そういえば、紀伊半島南部では硫黄泉がたくさん存在している。

この硫黄は、おそらく地中の微生物の働きによるものと思う (こっちは何を決め手としていいのかわからなかった。鉛山鉱山で黄鉄鉱が取れたりしたようだが…)。硫酸還元菌という微生物は、地下水に含まれる硫酸イオンを分解して硫化水素に変える。この硫化水素が温泉に溶けると硫黄泉になる。千葉県などにも同じようにして生成された硫黄泉がある。

硫黄成分は昔から白浜の湯に含まれていたのだろう。

参考資料

おまけ つくもと足湯と衡幹源泉

白良浜海水浴場の端には「つくもと足湯」が有り、礦湯2号を使用している。

足湯
↑ 写真: 白浜温泉 礦湯2号 足湯

「つくもと足湯」の隣にも源泉設備があるが、これは足湯で使っている源泉とは異なる「衡幹 (つくもと) 源泉」。「つくもと足湯」なのに「衡幹源泉」ではないとは、なんて紛らわしいのだろう…。

湯が盛大に棄てられていたのだが、こんなところで源泉に遭遇するとは思っておらず、カップを持っていなかったので賞味できなかった。油断していた。これも次回の宿題。

まぶ湯2号
↑ 写真: 白浜温泉 衡幹源泉

まぶ湯2号
↑ 写真: 白浜温泉 衡幹源泉


  1. 中央温泉研究所 (1963), 白浜温泉の化学成分に就て, 温泉科学, 15-1, 16-29 ↩︎