2019/7/15 くろがね小屋

2019/7/15 くろがね小屋

雨 日帰り 1回目

くろがね小屋

常に大量のオーバーフロー

すぐオーバーフロー

ヤバいほど汗が出た

湯口から毒っぽい硫化水素臭

味はレモン汁っぽい その中に毒の味

ほぼ硫酸

安達太良山 塩沢温泉登山口

安達太良山 ガス

安達太良山 塩沢温泉ルート登山道

安達太良山 くろがね小屋まで4km

安達太良山 玄武岩多め

安達太良山 丸太渡り

安達太良山 何度も丸太渡り

安達太良山 くろがね小屋

くろがね小屋 内部

くろがね小屋 脱衣場入口

くろがね小屋 水汲場

くろがね小屋 浴室

くろがね小屋 湯口

くろがね小屋 湯膜

くろがね小屋 オーバフロー

くろがね小屋 入浴中目線

くろがね小屋 引湯パイプ

くろがね小屋 湯口裏

くろがね小屋 温泉分析書

鉄山方面立入禁止

安達太良山峰の辻

安達太良山頂下

安達太良山頂

安達太良山 雨中丸太渡り

岳温泉の由来は古く、安達太良山は「万葉集」にも詠まれていて、 すでに奈良・平安時代から温泉の出ることが知られていたと言われています。 元和年間に秩父道閑が「くろがね小屋」の近くに元湯を開いたという説もあります。また、寛文年間に「くろがね小屋」の近くに3戸の宿ができ、湯女を置いて、 二本松藩公の別荘もありましたが、文化9年(1812年)12月8日夜に鉄山が噴火して、 被害を被ったと言われています。またこの後、文政7年(1825年)8月15日夜にも上旬から降り続いていた雨が暴風雨となり、 鉄山の一部が地響きをたてて崩壊して、大惨事となりました。翌年、二本松藩の指示で鉄山火口の湯源から「木ノ根坂」に温泉を引き、温泉場が開かれました。 この温泉は「十文字温泉」とも言われ、嘉永4年(1851年)の「諸国温泉効能鑑」では、 福島県内の温泉の筆頭であり、全国番付で前頭5枚目の序列になっていたということで、 その盛況ぶりがうかがえます。 この温泉は4回の大火をはさみながら、嘉永4年3月の大火によって焼失してしまったと 言われています。その後、明治元年(1868年)の維新の兵火でも焼け、明治3年(1870年)8月に「深掘」で 再興されましたが、再び明治39年(1906年)8月に大火で焼失し、明治40年(1907年)に 現在の岳温泉の地に移転しました。
「二本松市史9」から

http://www.adatara-resort.com/ski/korabo.stm

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